安保法案がわからない!という方のために
池上彰が解説した戦後から続く安保の歴史。

 

 

いまなぜ安保条約がもめるのかを過去から続く問題点を紐解きながら考える。

 

※池上彰のニュースそうだったのか!! 2時間スペシャル内容まとめ

 

池上彰安全保障条約

安保関連法案はなぜこんなにもめるのか?

 

 

 

安全保障とは国家や国民を他国などの武力的な侵略を防ぐことだが
大きな転換点に差し掛かっていると言える。

 

 

安全保障関連法案の本当の問題点とはなにか?
池上彰が今回解説したことは安保に関する転換点とは何かについて。

 

 

 

戦後結ばれた日米安保条約から現代の安保をたどることで
以前とは違う状況に置かれていることがわかる。

 

戦後の日本の安全保障

池上彰安全保障条約2

 

戦後GHQに占領された日本は軍隊が解体されたため
アメリカが日本の安全を守っていたのだが

 

 

1950年におきた朝鮮戦争が状況を変える。

 

 

 

日本に駐留していた米軍を韓国に派遣したので
軍備が手薄になった日本にソ連が攻めてくることを懸念したアメリカは
日本に警察予備隊を作って自衛にあてた。

 

 

 

1952年に保安隊、1954年に自衛隊が誕生する。

 

 

 

警察予備隊が発足当時から起こった問題が”憲法違反”に関する問題。

 

 

 

憲法第九条には
・戦争の放棄
・戦力の不保持

 

 

が謳われており警察予備隊は違反なのかが争点になったが
当時の総理である吉田茂はこう答えた

 

 

「警察予備隊は敵国からの防衛ではなく国内の治安維持が目的なので違憲ではない」

 

 

 

1952年に発足した保安隊については
「憲法は戦力の保持を禁止しているが
近代戦争遂行に役立つ程度の装備なので、
その範囲に保安隊は達しない」

 

 

 

当時は米ソの対立によりソ連の脅威が大きかったために
日本国という国を守る必要があったのだが

 

 

 

1954年自衛隊発足に対して鳩山一郎総理は
「自衛隊は自衛権のために戦争することは認められている」

 

 

 

この時から国内の治安から国を守るためには戦うという組織として自衛隊が生まれた。

 

 

日米安保条約とは

池上彰安全保障条約3

 

当時から国民には戦争は終わったのになぜまだアメリカ軍がいるのか?
という疑問があったようだが

 

 

 

それは日米安全保障条約に基づいて定められた。

 

 

 

この条約は不平等で戦争が終わっても日本にアメリカ軍が残ることが明記され
それが拡大しどんどん基地も大きくなっていった。

 

 

 

当時この日米安全保障条約に対して激しい反対運動が起きある事件が起きる。

 

 

 

それがいまの安保法案でも議論される”砂川判決”である。

 

 

 

東京都北多摩群(当時)でおきたデモがアメリカ基地に侵入した事件だが
この時の最高裁の判決が集団的自衛権につながっている。

 

 

 

 

砂川判決とは現在の昭和記念公園があるあたりにあった基地が
さらに拡張されようとしていたのだが

 

 

 

その基地拡張に反対した人たちが
米軍基地に立ち入ってしまい裁判にかけられたのだが

 

 

住民は米軍の日本駐留は憲法違反なので無罪を主張したが最高裁の決断は

 

 

 

・憲法第九条は自衛権を否定しておらず他国に安全保障を求めることを禁じていない
・外国の軍隊は憲法第九条2項が禁じる戦力にはあたらない
・安全保障条約は高度の政治性を持ち「一見きわめて明白に違憲無効」とはいえず
司法審査になじまない

 

(抜粋)

 

 

 

安倍政権は最初の項目をもって集団的自衛権も認めていると主張しているのだが
この点が今回の安保法案の争点の1つ”法の解釈”である。

 

 

 

個別的自衛権とは
他国の攻撃から自国を守るために戦う権利

 

 

集団的自衛権
仲間の国が攻撃されたとき一緒に戦う権利

 

 

 

歴代の総理は日本は個別・集団両方の権利をもっているが
使えるのは個別だけで集団は9条が禁じているとしてきた。

 

 

 

砂川事件当時の日本では集団的自衛権とは国連を差し
個別と集団を分ける考えは存在しなかった。

 

 

 

砂川事件が明記しているのが個別なのか集団なのかは解釈によるが
多くの憲法学者などは個別自衛権を否定しないと解釈している。

 

 

 

1960〜80年代の安全保障

池上彰安全保障条約4
日米安保理を平等にするために動いていたが
軍事協力が強まり戦争に巻き込まれる危険が大きくなることが懸念された。

 

 

 

安保改定を阻止するために野党は議事堂で座り込み
与党は警官を導入し野党を排除。

 

 

 

強行採決を行った結果、
民主主義の危機と国民は猛反発し60年安保闘争が起きた。

 

 

国会内に13万人が集結する事態に、一人の女子学生が命を落とした。

 

 

 

そんな中で締結された日米安保条約新条約が日本の安保を変えた。

 

 

 

 

ちなみにこの時の総理が安倍晋三の祖父である
岸信介総理大臣。

 

 

 

安保条約改定の理由は
・米軍が日本に駐留する理由、日本を守る義務がなかった
・国内の暴動に米軍が出動し鎮圧することができた

 

 

という点に国民が不満を持っていたので
これを対等にしようと岸総理は考えた。

 

 

 

新日米安保条約は米軍は日本及び極東を守る義務が盛り込まれた。

 

 

日米安保条約の毎年更新

ベトナム戦争の本格化により
戦争を引き起こした米軍を日本が支援していたことで反米運動が激化

 

 

 

大規模な暴動に発展し羽田騒動が起き、新宿駅騒乱が起きた。

 

 

 

このときデモ隊が訴えていたのが安保条約の破棄、
というのも1970年が条約更新の時期だったからだ。

 

 

 

しかし、条約は更新。

 

 

 

翌年からは毎年自動更新に変わった(どちらかが破棄しないかぎり)

 

 

 

こうしてできたのが現在の日米安全保障条約。

 

 

 

自動更新によりその後20年は大きな反対運動は起きずにいたが
この時は米ソの冷戦の真っ最中だが大きな安保関連の動きはない。

 

 

 

それは、実際に戦争が起きなかったから。

 

 

 

冷戦終結後の安全保障

池上彰安全保障条約5

 

2大国の影響が弱くなったことで
湾岸戦争など各地で紛争がおき世界が不安定になってきた。

 

 

 

湾岸戦争では自衛隊の海外派遣が要請され
多国籍軍に加わることが要請された。

 

 

 

当時の海部総理が出した答えは130億ドルの資金提供。

 

 

 

世界からは金だけしかださないと批判がたかまる。

 

 

 

国際貢献の在り方が議論になり
ペルシャ湾での機雷除去により初の海外派遣が行われた。

 

 

 

しかし、国内では自衛隊の海外派遣反対の運動が起きたが
92年に法案が成立し自衛隊は海外の派遣できるようになった。

 

 

 

国連平和維持活動=PKO

 

 

 

冷戦終了後は国連中心に紛争解決のために活動・援助を行うこと。

 

 

 

 

つまり世界の安全を守ることが日本の安全を守ることにつながる
という考え方に替わっていった。

 

 

 

2000年代に世界は大きな変化を遂げる

 

 

 

01年のアメリカ同時多発テロ→アフガニスタン侵攻
これにより01年テロ対策特措法が成立。

 

 

 

03年にイラク戦争、アメリカから協力要請
03年にイラク特措法が成立し自衛隊が非戦闘地域に派遣。

 

 

 

このとき非戦闘地域とはどこかが争点になったが、具体的には示されなかった。

 

 

 

08年ソマリア沖で海賊の被害が急増、
諸国は海軍を派遣していたが日本はその安全を諸外国に依存していた。

 

 

 

09年海賊対処法を制定し、海上の安全を守るように。

 

 

というように冷戦後の日本は
世界情勢の変化に対応し、法律を制定してきた。

 

 

 

これらの法案は時限立法として期間を限定することで世論を納得させてきた。

 

 

 

しかし、何かが起きてから法律を変えて対応してきたが
領海侵犯や北朝鮮のミサイルなどの問題があり

 

 

 

安倍総理としては
”いつでも自衛隊を派遣できる法律を作りたい”という理由から
現在の安全法案を提出しているのではないかと思われる。

 

 

 

勘違いしてはいけないのが

 

 

 

もし日本に他国が武力侵攻した場合は
米軍が出動するのではなくて自衛隊が防衛任務に就く。

 

 

自衛隊だけでは手におえないときに米軍が協力するのが安保条約であるということ。

 

 

要するに現状の法案ではアメリカ軍におんぶにだっこで
事実上機能していない。

 

 

 

もし、中国や北朝鮮が攻めこんで来たら現在の憲法解釈では
アメリカ軍が出撃しないかぎり中国などの脅威を追い払えるのか疑問である。

 

アメリカ側の変化と日本の民主主義

以下は私見ですのであくまでも個人の意見として読んで下さい。

 

 

ブッシュ政権時においてのイラク侵攻には同盟国からの反対が多かった。

 

 

これはアメリカの影響力が失われつつあることを示しており
同盟国であり属国とも言われてきた日本には
さらなる協力を求めるケースが増えることが予想される。

 

 

それにくわえて池上彰の解説でもあったが

 

 

 

国際情勢が大きく変わると
それに合わせて日本の安全保障はどうあるべきかを考慮するのが日本である。

 

 

という状況において改めて考慮されるタイミングであると
現在の与党である自民党が考えた安保法案。

 

 

 

個人的に一番のキーワードは積極的平和。

 

 

安保法案とは自衛隊を危険に晒すのか?とか
後方支援に徹することなどできるわけがない、とか
血がたくさん流れる、戦闘地域ってどこなんだ?

 

 

といった問題を争点にする問題ではない。

 

 

積極的に平和を定義すると首相が宣言するということは、

 

 

日本人にとっての安全保障とはこうです!!
ということをアメリカのガイドラインに沿った答えをだすのではなく

 

 

自分たちで答えるときが来たんではないですか?
という法案であると個人的には感じる。

 

 

 

少なくとも今回の安保法案関連が制定されれば諸外国に対して
日本の安保とはこうだ、日本はこうやって世界に貢献する!といことを示すことになる

 

 

それをどうやって選ぶのかが問われており、
改めて日本の民主主義とは何かを問われる問題である。

 

 

アメリカの考える平和のために軍事行動に積極的に参加することなのか
それとも日本の考える平和を積極的に定義することなのか

 

 

そのどちらを選ぶのかが問題なのだと思う。

 

 

 

ハンス・ケルゼンの著書「民主主義の本質と価値」によると民主主義とは

 

共同意志の創造を国民が行う国家形態・社会形態であると定義しているが
どこかで我々日本人は偉い人が大事なことを決めてくれると思い込んでいないだろうか?

 

 

 

もし、安倍政権が安保法案を改正し
その結果として日本が軍事力を強化し、平和を放棄し戦争に向かったとしたら

 

 

それを選んだのは国民である私たちの意志によって選ばれたんだ、
ということを自覚しなければいけないということだと個人的には強く感じる。

 

 

安倍の野郎が勝手に1人で突っ走って安保法案を通そうとしているわけではない。
(すくなくとも諸外国はそんな見方は絶対にしない)

 

 

日本という国における民主主義とは何かを考えさせられるのが安保法案ではないだろうか?


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