水原希子が起用されたDieselのCMでひときわ目を引いた
肌がまだら模様のモデル、ウィニーハーロウ。

 

マイケル・ジャクソンと同じ病気だが世界で最も美しい
「まだら肌」と言われています。

 

彼女ともう一人顔にアザがあるモデルの発言を読むと
オリジナルな自分とはなにかを考えさせられます。

 

 

 

 

「もし、神様が私を黒人にしたかったならば、そうしただろうし、白人にしたかったなら、そうしたでしょう。でも、神様は私に両方を与えることを選んだ。オリジナルな存在として。だとしたら、それが私のあるべき姿ですから」
http://gqjapan.jp/more/people/20150206/winnie-harlow

 

このインタビューには前提がある。

 

それは自身の肌をすべて白くすることはできるが
逆はできないということだ。

 

 

マイケル・ジャクソンと同じ
「尋常性白斑(じんじょうせいはくはん)」という肌の色素が抜け落ちる病気。

 

 

この状態であれば普通はすべて白くすることを選ぶのではないだろうか。

 

 

彼女のモデルとしてキャリアが始まったのはある番組で自身のコンプレックスであった
「まだら肌」が個性として買われたから。

 

 

彼女は4歳からいまと同じような肌だったそうですので
予想できることですが幼少期は壮絶なイジメにあっていたそうです。

 


 

「子供時代のあなたに声をかけることができたとしたら『心配しないで、これからいいことが起こる』」

 

顔にアザがあるダンサー カサンドラ・ナウド

 

New headshots! Photography by: Vince Trupsin Studio

Posted by Cassandra Naud on 2014年3月20日

 

 

カナダのアルバータ州出身で22歳のカサンドラ・ナウドさん

所属する事務所から “オーディション用の写真をデジタル加工して、アザを消すように” と言われたことがあるという。

 

しかし彼女は、事務所の指示を堂々と拒否したのである!! アザは自分の個性であると主張する彼女は、

 

「私にとって顔のアザは大きな意味があります。アザがあることで、私はユニークかつ覚えられやすい存在になれるんです。特に私の職業柄、これは重要なことです」
http://rocketnews24.com/2015/03/28/561786/

 

 

やはり彼女も学生時代はアザをからかわれたりイジメの対象になったそうですが
アザを除去する手術を両親がしなかったことを感謝しているそうです。

 

 

ナウドさんもウィニーさんもモデルとダンサーという容姿が仕事に関係する職業についており
確かに一度みたら忘れられないインパクトがあります。

 

 

しかし、実際に自分がもし同じ立場だったら
幼少期はコンプレックスであったはずの自分のアザや肌を
強みに変えるという発想ができるでしょうか?

 

 

この話題についてネットの掲示板で自分の娘にアザがあったらどうするかという
意見のやりとりは非常にためになるものでした。

 

 

一番のネックは「治療しても消えなかったらどうする?」という問題です。

 

 

完璧にきれいに除去できるほうが難しいがアザは除去すれば
目立たなくすることはできる、数回に渡る場合もあるので経済的な問題もある。

 

 

アザがあったら可哀想だから手術で取る、と簡単に決断出来ない点が
この論議の難しい点です。

 

 

もちろん、正解はありません。

 

 

アザを手術で取ることもアザを個性としてうけいれるのも正しい生き方です。

 

 

でも、個人的にはこの意見が最も参考になりました。

 

火傷の跡が顔にある人、友達に何人かいるけど
性格知っちゃうと本当ブスとか美人とか傷痕とか気にならなくないですか?
性格が好きなら可愛く、またはかっこよく見えてくる不思議。

 

 

この意見が何を言いたいのかというと
本人がそのアザを受け入れているかいないかで
他人の印象が大きく変わるというものです。

 

 

コンプレックスというのは他人の目を気にしすぎるという一面があると思います。

 

 

私はみんなと違う。

 

 

だから、◯◯がある自分が嫌だ、という思考だと思いますが

 

 

他人があなたのコンプレックスとして抱えているものを見て
どう判断するのかは実は自分がどう思っているか次第だとしたら、

 

 

自分が持っているコンプレックスを自身が嫌っていれば
その態度を見て相手もあなたを(というよりもあなたのコンプレックスを)嫌いになる。

 

 

でもコンプレックスを受け入れている人なら
他人もあなたのコンプレックスを受け入れる。

 

 

もちろんすべての人に当てはまる論理ではありません、
無条件に見た目だけで判断する人もいるはずです。

 

 

アランは幸福についてこんな言葉を述べています
「幸福になることは義務である」

 

 

これはあなたが幸せにならなければ、周りの人間も幸福になれない。

 

 

人は幸福な人をみてじぶんも幸福になりたいと思う、
だからあなたが幸福になることは(他人にとっても)義務なんです。

 

 

あなたがコンプレックスを克服して、あなたと同じぐらいに喜ぶのは親かもしれません。

 

 

きっと自分の過失ではないかとずっと自分を責めつづけている、
だからあなたが幸せになると親も幸せになるかもしれません。

 

 

多くの人を幸せにするこはできなくても、自分の身近な人を幸せにできる可能性がある。

 

 

そして、その行為はナウドさんや斑模様のウィニーさんのように
全世界の人を勇気づけるきっかけになるかもしれません。


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