見た目は完全に人間である綾野剛さん演じる怪物のどこが怪物なのか、どんな秘密があるのかに興味があり、このドラマが春ドラマで期待していました。

 

 

視聴後の感想は設定がぶっ飛びすぎてて、もはやファンタジーなんだから”なんでもあり”と割り切って、細かい出演者の発言の矛盾は無視し、純粋に怪物が持つ謎(なぜ触ると”きのこ”が生えるのか)と、怪物がどのようにヒロインな恋をするのかを楽しみたいと思います。

 

 

このドラマはラブストーリーです(公式サイトに書いてあります。)

 

 

追記:第二話を視聴後の感想あり

原作フランケンシュタインとの比較

 

furannkenn

 

このドラマを見るにあたって原作を読んだので、まずはどこが原作と異なる点なの、どの点が共通しているのかを紹介します。

 

 

原作の原題は『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』といいますが、ここから原作を”フランケンシュタイン”と表記します。

 

 

原作の内容を紹介した記事はこちら

 

 

フランケンシュタインの恋はオリジナルストーリーなので原作や映画のようなホラー要素がどこまで含まれるのかは分かりませんが、公式サイトにラブストーリーと書かれているので、あくまでも”フランケンシュタイン”をモチーフにした別の物語と捉えたほうがいいかもしれません。

 

 

”フランケンシュタイン”は主題をどこに置くかによって何の本かが変わる本です。

 

 

僕は怪物が知性を身に着け、存在に疑問を持つ点が哲学的だと思ったのですが、原作同様ドラマの怪物も高い知性を持っている点が最も大きな共通点です。

 

 

もう一つ大きな共通点は、自分を産み出した人物を父として慕っていると思われる点であり、その人物によって作り出された人間以外の生物である点は共通しています。

 

 

※ドラマ版の怪物は自分の創造主を父と呼んでいますが、実際の親子なのかは不明です(創造主の息子が事故か病気で死んだので、生き返らせたのか、原作のように墓を暴いて死体をつなぎ合わせたのかはわからない)

 

 

公式サイトにフランケンシュタインの恋 前章がアニメとして公開されています。

 

 

これを観る限り死体を生き返らせたことだけは分かります。

 

 

 

 

原作と最も異なる点は見た目、フランケンシュタインといえば頭に杭が刺さった大男を思い浮かべるかもしれませんが、あれは映画版の設定です。

 

 

フランケンシュタイン

 

 

”フランケンシュタイン”における怪物は容姿は美しいのですが黄色い肌、黒い唇、やつれた顔色をしているためより一層恐怖を感じる「怪物」です。

 

 

まずここが大きく違いますね。

 

 

ドラマで二階堂ふみさんのセリフにもありましたが綾野剛さんが演じる怪物は見た目は完全に人間です(首からきのこが生える管みたいなものがなければ)。

 

 

ですのでたくさんの人間が住んでいる街に彼が出現しても騒ぎにはなりませんし、比較的簡単に人間社会に溶け込む事ができました。

 

 

もう一つの大きな違いは、原作では怪物を創り出したフランケンシュタイン博士は生きていますが、ドラマでは綾野剛さんを創り出した人物(綾野剛さんは父とよんでいます)は死んでいます。

 

 

原作では怪物はフランケンシュタイン博士に自分は孤独なので一生をともに生きる異性の怪物を創り出すことを要求します。

 

 

”フランケンシュタイン”の怪物は自分が人間とは容姿が決定的に異なり人間社会に受け入れられる存在ではないことを理解し、孤独を解消し存在する意味を見出したいという希望を持っています。

 

 

原作の怪物は博士に異性を作ってもらえなかったので恋という感情を持っていません。

 

 

 

ドラマの怪物は見た目や行動は完全に人間そのものなので、普通に生活さえできれば人間社会で生きていくことはできそうなんですが、そういうわけにはいかない秘密を抱えいることが初回放送の最後に放送されたので、彼も人間社会で生きていくことなんてできないという悩みを持つ点は同じだと思われます。

 

 

そして、ドラマの怪物は二階堂ふみさんを柳楽優弥さんが抱きしめているところを見て嫉妬のようにみえるなんらかの感情を抱いたことにより手が変形し、触れた人にアレルギー反応を起こさせてしまう何かが身体から出てきてしまいました。

 

 

このとき怪物が持った感情が何かはわかりません。

 

 

ただ、ドラマにおいてはどうやら綾野剛さんはヒロインである二階堂ふみさん演じる大学生の科学者の卵とそっくりな人物と過去に何らかに関係があったようで、彼女に初めてあった時に「僕と以前会ったことがありませんか」的な台詞がありました(セリフは正確ではありません)。

 

 

 

怪物が何らかの好意を抱いていた女性のように見えましたが、別人(怪物を産んだ博士である深志研太郎かも)の可能性もありますが、怪物が以前恋をしたもしくは、心を通わせることができた相手を失ってしまったという設定に見えました。

 

 

二階堂ふみさんとの間に過去と同じような関係が産まれ、そして過去と同じ結末にならないように現代では何ができるのかというのが今後の主軸となるのかもしれません。

 

 

※僕は過去にフランケンシュタインが自分の手で女性を殺してしまったように見えました。

 

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フランケンシュタインの恋設定がぶっ飛びすぎ

 

furannkenn22

 

このドラマには強烈な違和感を感じた点があります。

 

 

それは二階堂ふみさんが演じる菌類が大好きな理系女子です。

 

 

 

行動原理がむちゃくちゃくです。

 

 

例えば

 

 

 

「あなたのこと誰にも言わない」→先輩の柳楽優弥と教授にすぐに彼の存在を打ち明ける。

 

「私が一緒だから大丈夫」と怪物を人間社会に連れ出すものの、「これからどうする?」と悩む

 

「しらないことがあるのに死にたくない」→「なんで彼を連れてきたのかわからない」と悩む。

 

 

知らないことをなんとしても知りたいという科学者としての強い意思があるから、怪物だと打ち明けられてもすぐにはその主張を受け入れず、科学的に判断ができる材料が揃うまで判断を停止し、怪物を過度に恐れないという設定は納得できるものなんですが、流石に言動に矛盾がありすぎな気がします。

 

 

最初は柳楽優弥が俺を頼ってくれと言ってもあっさりスルーしていたのに、最後は後ろから抱きつかれても拒みもしないのには違和感がありすぎます。

 

 

また、綾野剛が突然カタコトになるのもちょっと無理があるきがします。

 

 

ラジオを聞いて人間の生活を理解したはずの怪人が突然「ナマエ・・・」「シリアイ・・・」といった単語で詰まるのはどうなんでしょう??

 

 

 

と細かい突っ込みどころはあるんですが、山に住んでいる孤独な人間ではないかもしれない人物を都会に住まわせるまでの展開はあまり良かったとは思えませんが、笑いあり、謎ありのファンタジー作品なので、軽い気持ちで見ればいいんじゃないかなと。

 

 

公式ページには「歳の差100歳のラブストーリー」なんですから、フランケンシュタインと聞くとどうしてもホラーを思い浮かべてしまう違和感をなくして違う作品として観ることが重要かなと。

 

 

フランケンシュタインの恋 見どころ

 

midokoro

 

次回以降の楽しみとして現時点でわかっている謎をまとめておきます。

 

・赤いキノコが生えるときは彼が幸せなとき?
・感情が昂ぶと生える白い毒キノコはなぜアレルギー反応を起こさせるのか?
・お父さんと呼ぶ深志研太郎との関係

 

 

以下は公式サイトに書かれてる相関図をみて感じた疑問です

 

・冒頭120年前の事件は三角関係によるものか

 

 

相関図によると深志研太郎博士はサキという人物に恋をしていましたが、怪物とも120年前に何かがあったようです。

 

 

冒頭の過去シーンではサキと思われる人物の顔に白いきのこが生えていたので、怪物が彼女に感情が昂ぶっているときに触れてしまった可能性が高いかなと。

 

 

最後に最大の疑問は、タイトルです。

 

 

 

原作の”フランケンシュタイン”におけるフランケンシュタインとは怪物を産み出した博士の名前です(ヴィクター・フランケンシュタイン、映画版ではヘンリー・フランケンシュタイン )。

 

 

フランケンシュタインは怪物の名前ではありません。

 

 

ということはこのドラマのタイトル「フランケンシュタインの恋」とは怪物を産んだ博士の恋ということになります。

 

 

そう考えると相関図に深志研太郎がサキに恋をしていたと書かれていることが大きな意味をもちます。

 

 

ただし、ドラマの中で二階堂ふみさんは綾野剛さんが自分は人間ではないということを告白したときに、彼に向かって「フランケンシュタイン!!」とつい口に出してしまうシーンがありました。

 

 

フランケンシュタイン=怪物というイメージが一般的なのかもしれませんが、何度もいいますが怪物に名前はありません。(原作にも映画にも存在しません)

 

 

あえてフランケンシュタイン=怪物とするために二階堂ふみさんが綾野剛さんに向かって「フランケンシュタイン」と口に出したのか、それとも脚本のミスなのかはわかりませんが「フランケンシュタインの恋」というタイトルまでつけておきながら、実はフランケンシュタイン=怪物と思いこんでましたというミスは許されない気がします。

 

 

フランケンシュタインとは一体誰を差すのか(普通に考えたら綾野剛演じる怪物ですけど)、も個人的には疑問点の1つなんです。

 

第二話視聴後の感想

 

第二話目は面白くなかったという意見が多いようですが僕は結構楽しめました。

 

 

少し、主題が見えて来たような気がするから。

 

 

どうやら怪人はラジオでずっと聞いていた甘草(新井浩文さん)の言葉を指針にして行動を変えていくようです。

 

 

今回の言葉は謝るときは許してもらうことを期待するのではなく罰してもらう覚悟でしろ。

 

 

この通り行動する怪人に向けて柳楽優弥は「誰かと生きてることが人間の罰」だと怪人に語りかけます。

 

 

怪人は津軽さんのお姉さんに触れて昏睡状態に陥らせるという罪を犯し、彼女から罰を与えてもらうことを望みます。

 

 

その罰が誰かと一緒に生きることであるならば、今後怪人が人間社会で生きていくためのきっかけとなるかもしれません。

 

 

怪人と二階堂ふみさん演じるつぐみにも共通点があるように僕には見えました。

 

 

それは死を望んでいること。

 

 

つぐみが死を望んでいるかどうかはいいすぎかもしれませんが、死を覚悟し受け入れている。

 

 

つぐみは脳の病気でいつ血管が詰まってもおかしくない状態だそうです。

 

 

その病気があるので誰かと関係を築いて未来を想像することができないので恋愛をする気はないということが2話で語られました。

 

 

怪人は自分が人間ではないので、人間のように死ぬことすらできない。

 

 

怪人は人間=死ぬ、死ぬから人間なんだと思いっているので、自分も人間のように死を感じることによって生きているという実存を確認したいように思える。

 

 

死という人間には必ず訪れることでしか、実存を認識できない二人が、2話で罰を背負います。

 

 

その罰は誰かと一緒に生きること。

 

 

誰かと生きる、つまり関係性をもつことによって、「死」以外の方法で実存を二人は確認していくことができるのか?そんな展開になるのかなと感じた第二話となりました。

 

 

今後は怪人の生きるための指標である甘草とどのように絡んでいくのか、甘草の悩みがどのように怪人と結びついていくのかが気になります。

 


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