フランケンシュタインの恋は漫画原作ではなくオリジナルストーリーですが、原作の小説を読んだのであらすじを紹介します。

 

 

フランケンシュタインの恋は伊藤潤二さんの漫画「フランケンシュタイン」や、原作であるメアリー・シュリーの「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」や、1931年に製作され以後の怪物イメージを定着させた映画「フランケンシュタイン」とは異なる物語となります。

 

 

フランケンシュタイン恋

フランケンシュタインとは誰のこと

 

 

実はこの疑問こそが今回のドラマにおいて非常に重要な要素になると個人的に考えています。

 

 

フランケンシュタインと聞くと、僕たちは頭に杭がささった怪物を思い浮かべがちですが、これは1931年に公開された映画化された際に作られたビジュアルです。

 

 

 

原作の「フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス」におけるフランケンシュタインとは、自然科学に魅了された将来有望な若き科学者が”ヴィクトル・フランケンシュタイン”であり、ヴィクトル・フランケンシュタインが産み出した怪物には具体的な名前はありません。

 

 

どのようなタイミングでフランケンシュタインという言葉を使うのか、原作と同じ展開であれば怪人は誰かに作られた人造人間ということになりますが、その場合ドラマはファンタジーとなります。

 

 

一方人間なんだけど怪物と呼ばれ、人との接触を避けているとなればファンタジーの要素はなくなり、現実的なドラマとなるため、怪人を演じる綾野剛とフランケンシュタインがどのような関係で結ばれるかによってドラマの方向性が決まります。

 

フランケンシュタインイメージ

 

原作を読んだので内容を簡単に紹介

 

原作を読む限りフランケンシュタイン氏が創造した怪物は容貌は非常に美しくく整えられた人造人間ですが、肌の色や質感などが人間と異り、美貌であるがゆえに気持ち悪いという怪物です。

 

 

美貌であるがゆえに人間とは異なる部分(黄色い肌、黒い唇、やつれた顔色)が一層際立ち恐怖を感じたと書かれています。

 

 

この設定は映画版のフランケンシュタインのように頭に何かが刺さった大男ではなく、綾野剛さん演じる「フランケンシュタインの恋」においては、肌の色や皮膚感を完全に人間化してしまえば美形の怪物という設定はそのまま使えそう。

 

 

怪物を作り出してしまったフランケンシュタイン氏は恐怖のあまり、怪物から逃げ出し、自分が作り出してしまったものへの怖れから心身ともに疲弊してしまいます。

 

 

やがて回復し、故郷に帰ろうとするフランケンシュタイン氏に何者かによって弟が殺されたという知らせが届きます。

 

 

故郷への道中に自身が作り出した怪物の姿をみかけたフランケンシュタイン氏は弟を殺しのは、あの怪物ではないかと疑い始めます。

 

 

ところが彼の家の召使が弟を殺した犯人である有力な証拠が見つかるのですが、フランケンシュタインは怪物の仕業だと思い込む。

 

 

フランケンシュタイン氏の家族は召使のことも愛していたので、裁判で召使をかばうものの、召使は有罪になり、実は自分が作り出した怪物が弟を殺したと確信しているフランケンシュタイン氏は自分こそが殺人を犯した本当の犯罪者だと自分を責めます。

 

 

この事件をきっかけにフランケンシュタイン氏は、人を避けるようになり、精神を病んで孤独に過ごす生活を送るようになります。

 

 

そしてフランケンシュタイン氏は病の元凶である怪物へ復讐することを決意し旅にでます。

 

 

やがてフランケンシュタイン氏は怪物を発見し、怪物と対決しようとすると意外な提案を怪物から受けました。

 

 

怪物は自分を作り出したフランケンシュタイン氏に話を聞いて欲しいと懇願します。

 

 

もし醜いという理由だけであなた(フランケンシュタイン)を含めた人間が自分を憎むのなら怪物は人間を憎み皆殺しにするが、自分を創ってくれた神であるフランケンシュタイン氏が自分の話を聞いてくれるならば自分は善良な存在でいようと言うのです。

 

 

フランケンシュタイン氏に再会するまで、怪物は自身の姿が他の人間とは異なり、醜いものであることを理解し、自分が人間とは異なる存在であることを知りました。

 

 

そして人間社会がどのようなものかを人間観察と本を読むことによって学習し、自分には金も友も財産(地位や血筋など社会的に引き継がれるものも含むので金だけではありません)もなく、人間とは明らかに違う自分は怪物なのではないかと気が付き、苦しみます。

 

 

怪物は人間が持つ知識を得るたびに、自分が人間とは違うことが一つ一つ判明していき苦しんでいたのです、「自分は一体何者なのか?何のために産まれたのか」と。

 

 

怪物はどんなに人間とつながりを持ちたいと願っても、どんなに人間が喜ぶような善行を重ねても、自分の見た目があまりに人間とかけ離れているため自分を受け入れてくる人が誰もいないと理解すると、自分を創り出したフランケンシュタイン氏ならば、自分に知性と感情とを植え付けて起きながら、人間とは異なる醜い容貌を持って産み出した創造主ならば、自分を受け入れざるを得ないという一縷の望みを持ってフランケンシュタイン氏を探していたのです。

 

 

怪物はフランケンシュタイン氏を探すたびの間に起きた様々な出来事によって、人間と怪物である自分ではつながりを持つことはできないことを理解していました。

 

 

そして人間が持っている最も素晴らしいものの1つである”愛”を自分は感じることもなく、誰からも愛されず、誰も愛することなく人生をいきることに絶望していたので、フランケンシュタイン氏に自分と同じような醜い容貌の女性を創ってもらえば、彼女は自分を愛してくるると考え、フランケンシュタイン氏にもう一人自分と同じようなモノを創造してほしいと頼みます。

 

 

フランケンシュタイン氏は怪物が訴える「誰も自分を愛してくれないから、自分も誰も愛せない、だからこそ愛が欲しい」という訴えに同情するも、もう一人怪物を創り出すことにどうしても抵抗があり、怪物とは女性をもう一体創り出すことを約束したものの、作業は一向に進みません。

 

 

フランケンシュタイン氏は、もし怪物が二人になれば、当然子供が産まれるだろうが、それは人間という種そのものの脅威となるのではないだろうかと考え、怪物に女性の怪物を創ることを辞めることを告げると、怪物はフランケンシュタイン氏に復讐することを告げて去っていきます。

 

 

フランケンシュタイン氏は常に怪物に狙われていることに恐怖し、錯乱しつつも幸せを掴むために結婚をしますが、その結婚式の初夜に怪物の復讐が実行され、フランケンシュタインは怪物への復讐の人生を生きることを決め、怪物を倒すための旅に再びでることになります。

 

 

最終的にはフランケンシュタインは復讐を遂げること無く病に倒れ、怪物はフランケンシュタインが死んだことで彼の生きる目的も無くなり、自らが存在した痕跡をすべて消すため火で全身を燃やして物語は終了です。

 

 

さて、簡単にこの物語はどんな物語かまとめると「自分が知らないことやものへの畏れ」が人間を残酷にするという話。

 

 

例えば、僕達が某隣国へあまりよくないイメージを持っているのは、その国に友人がおらず、その国のことをよく知らないから、メディアなどで報道された内容の中から自分がもっているイメージ通りの報道だけを記憶してしまい、持っている印象をさらに強くしてしまいます。

 

 

この知らないことへの畏れは、怪物は見た目があまりにも醜悪なので、人は見ただけで恐怖してしまうこの小説の事例は極端な例ですが、知らないことへの畏れは議論すらも噛み合わないようになるきっかけになります。

 

 

 

フランケンシュタインは怪物を創り出してしまった自分の行為を含めて、怪物の存在が良いか悪いかという善悪の問題、もしくは怪物は悪であるという認識にずっと悩んでいます。

 

 

しかし、怪物が望んでいるのは、自分という生物を知ってただ受け入れて欲しいという”実存”もしくは”存在”について問題にしています。

 

 

フランケンシュタインは怪物がどんな生物であり、何を考え、何を望んでいるのかを知るための努力をしていれば、見た目は恐怖そのものでしかなくても、非常に心のやさしい善良な存在であることに気がついたかもしれません。

 

 

フランケンシュタインは、最初から見た目があまりにも違う怪物=悪という自分の認識や、存在するべきではないという善悪の問題を一端わきにおき、怪物がどんな存在なのか、彼そのものに焦点をあてることができませんでした。

 

 

お互いがどんな人間なのか(怪物は人間ではないですが)知ろうともせずに、その人が良い人か悪い人かを判断しようとすれば、大概はその判断は間違った結論を産みます。

 

 

これがフランケンシュタインを読んだ僕の率直な感想です。

 

 

綾野剛さんが演じる「フランケンシュタインの恋」とはどんな物語なのかをこれから紹介しますが、原作である「フランケンシュタイン」からある程度は物語を創るでしょうから、お互いがわかり合うために何が必要なのかという点がキーになるのではないというのが僕の予想です。

 

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フランケンシュタインの恋のあらすじ

 

フランケンシュタイン

 

綾野剛さんが演じるのは怪物です。

 

 

それは間違いがありません。

 

 

インスタの公式に動画がありますが「わたくし綾野剛、怪物になります」と明言しています。

 

 

さらに複数のサイトに公開されているすとーりーによると

 

 

怪物として生を受けた男。 その体はある秘密を抱えた危険な肉体。怪物は、人間とは一緒に生きてはゆけないと姿を消した。それから約100年後。2017年の日本。怪物は生きていた。森の奥でひっそりと静かに息をひそめ。 孤独に。永遠の命を持ち、人間とは懸け離れた肉体、パワーを持つ、怪物。しかし、その心は、誰よりも人間。無理なこととわかっていながら、「人間」として暮らせる日を夢見ている。

 

引用「モデルプレス」https://mdpr.jp/news/detail/1660700

 

 

綾野剛さん演じる怪物がフランケンシュタインなのかはわかりません。

 

 

100年間森で静かに暮らしているので人間では無いと思われますが、もしかすると永遠に歳を取らない特殊な病気などを持っている人間ということも考えられますが、永遠の命を持っているという設定のようなので、人間ではないと推測されます。

 

 

 

ここで、重要なのは原作ではフランケンシュタイン=怪物の名前ではないということ。

 

 

 

 

タイトルが「フランケンシュタインの恋」ですから、フランケンシュタインに当たる人物が怪物に恋をする物語と捉えることもできますし、やっぱり怪物=フランケンシュタインであり、それが綾野剛さんで、綾野剛さんが人間に恋をするという王道のストーリーなのかもしれません。

 

 

フランケンシュタインの恋ヒロインは

 

現時点では発表されていませんが、津軽さんというひとりの若い女性と出会い、おそらくその女性に恋をするのではないかと思われるストーリーが公開されています。

 

 

ツイッターなどでは綾瀬はるかさんと綾野剛さんが撮影をしていた目撃情報や、広瀬すずさんと、福士蒼汰さんと撮影をしてたいなどの目撃遭遇情報があがっていますが、スポーツ紙には撮影は3月から書かれており(紙面のキャプはツイッターに流れてます)、現時点ではヒロインは不明です。

 


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